按司根津栄伝説

このエントリーをはてなブックマークに追加

 今より800年ほど前ヌルという島の娘が屋敷の北側の畑で農作業をしておりました。その時、大雨が降ってきたので畑のそばにあるほら穴で雨宿りをすることにしました。疲れてしまったのかそのほら穴で壁によりかかり眠ってしまった。すると穴の奥に白髪の老人が杖を持って立っていました。その老人が娘に「まもなく子供が生まれるだろう。その子を大切に育てなさい」と告げられた

    びっくりして目が覚め夢を見ていたことに気が付いた。不思議な夢を見たと思って数か月過ごしていると不思議にも身ごもって大きな男の子を生んだ。

         

     男の子は生まれたばかりだというのに髪の毛は黒く歯は生えそろっていて、生後二か月程の男の子のようにみえた。家の人は鬼の子なんじゃないかと思い地面に埋めた。しかしその夜から埋めたところが毎晩ピカピカと光るようになり赤子の泣き声が聞こえてきた。そんなことが一週間続き家の人は恐る恐る埋めた場所を確認しに向かうと埋めた所の地面はひび割れていた。これはただ事ではないと掘り起こすと、男の子は大きく成長していた。この子を見た家の人は神の授けた子だと大切に育てました。

         

      男の子は追々と成長し、7歳になる頃には15歳位の体格をしていた。男の子にはキャーラドゥキという名の農業が好きな兄がおり、また海の好きなインジュルキという名の妹もいた。インジュルキは弓の名人で島で一番の良弓を引いていた。

         

    男は剣術や弓はもとより全ての武術に長けていた。26歳の時琉球に渡り琉球国王に謁見できることとなった。王はその勇敢異様な様を見てその術を試そうと考えた。城外へ追いやり、兵を集め七重八重にも城を取り囲ませ「なるべく短い時間で城に忍び込むように」と命じたが、いつの間に来たのか王の面前に現れた。これを見た王と家来たちは、その神業ともいえる動作に驚いた。王は喜び「汝の如き武術に優れた若者を部下に持つことは王として幸福である。よって与論島より北の地を汝に与える」と言い按司(地頭)の位を与えられた。その際王に名前を聞かれ「名前は無いが根津栄(ニッチェー)という場所で生まれた」と伝えた。王は按司根津栄(アジニッチェー)という名を授けた。

          

   按司根津栄は王の側で仕えていたが、島に帰ることを願い出た。何度も断られたが「それほど言うなら仕方がない。そのかわり形見を残していくように」といわれた。形見というものを持ち合わせていなかったので、仕方なく妹から借りてきた大切な弓を残すことになった。島に帰り妹に事の次第を話した。妹は大切にしていた弓が帰ってこなかったことを大変悲しんだ。按司根津栄はなんとか妹を慰めようと島中を駆け巡り丈夫な桑の木を探しあて弓を作って与えた。それでも妹の気持ちが癒えることは無かった。

         

   按司根津栄は何としても琉球の王から弓を取り戻し妹を元気づけようと決心し沖縄へ渡った。しかし王はその弓を大変気に入っており家宝として居間にに飾り見るのを楽しみにしていた。按司根津栄は願い出ても弓を返してもらえないと思い、いろいろ策を練ったが名案は浮かばなかった。仕方なく城壁をよじ登り屋根から忍び込み弓を取り返して島に帰った。インジュルキは非常に喜び元気を取り戻した。

           

   その頃琉球王の城内では思いがけない盗難にあい大騒ぎになった。王は「こんなことができるのは按司根津栄しかいない」と兵を1000人与論島に差し向けた。

         

     ある日按司根津栄が海で漁をしていると、急ぎの使いが来て「琉球の軍船が茶花の港に着こうとしている」と報告を受けた。按司根津栄はびっくりして急いでうちに帰り、腹が減っては戦はできぬと腹ごしらえをしようと膳に向うと子供がよってきて箸を一本ご飯の上に突き立てた。按司根津栄はその意味も考えずに大急ぎでご飯をかき込み太刀を持ち兜をかぶらずに黒馬にまたがり出陣した。ピャーヌパンタを駆け下りるとウシミチというところまで敵は攻め上ってきた。按司根津栄は太刀を抜き右に左に斬りまくり敵を退却させた。按司根津栄は血の付いた刀を田んぼの水で洗い流した。按司根津栄は茶花海岸に着き生き残った船番の老兵に「もう二度とこの島に兵を向けるな。そのように王に伝えろ」と叫び、帰ろうとし後ろを向いたときその老兵が太陽に向かって放った一矢が偶然にも按司根津栄の頭に突き刺ささり立ったまま死を遂げた。

         

  これを見た船番の老兵は喜び、早くお褒めに預かろうと急いで琉球に帰り王に事の次第を報告した。それを聞いた王は「お前のような者が按司根津栄が倒されるわけがない、もう一度兵を千人差し向けろ」そのように伝えた。琉球兵は茶花の沖から辺りを伺っていると丘の上に按司根津栄が武装し仁王立ちしていた。その勇ましい格好は生米を噛みながら近寄る軍船を睨み付け、上陸するものは一刀のもとに切り捨てる構えに見えた。 恐れをなした琉球兵は上陸する気力もなく、そのまま引き返せば王の怒りに触れるということで大混乱となり海に飛び込むものや自害するものも続出し全滅した。按司根津栄の戦いぶりは後に「生きて千人、死んで千人」と語り継がれるようになった。

           

 その後琉球の王は按司根津栄が死んだことを知り安心したが、一族を生きて残しておくと仇討しに来るかもしれないと、さらに精兵1000人差し向けた。琉球の兵は上陸し一族のいる根津栄の地に攻め上った。妹のインジュルキは女性ながら武装し勇ましく、強い弓をひき奮戦した。しかし多勢に無勢ついに斬られてしまった。不思議なことにインジュルキの首が斬り落とされると、その首が呪文を歌いながら空高く舞い上がり、右に左に転がった。その光景を見た琉球兵は気が狂わんばかりに恐れおののき、琉球に引き返した。しかし途中で大嵐になり船は一隻も残らず沈没してしまい琉球に帰り着いたものは一人もいなかった。

按司根津栄伝説」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 「ご飯に箸を立てる」と頭の真ん中に矢が刺さりそうだよね!! | まったり気ままに!!

コメントは受け付けていません。